血糖値を形成する主なエネルギ代謝4. 血糖値を形成する主なエネルギ代謝における臓器の役割エネルギ消費率は臓器や組織によって非常に異なります。 表 安静時における臓器や組織の重さとエネルギ消費率 図 脳、脂肪組織、筋肉および肝臓の代謝の相互作用 4・1 脳 脳の重さは体重の約 2% に過ぎないけれども、安静時における脳のエネルギ消費は身体全体の 約 18% を占めます。 脳のエネルギ消費は知能活動とは無関係で、就寝中と熟考中の間にほとんど差はありません。 脳のエネルギの大部分は神経刺激の伝達の準備に使用されます。 脳は、飢餓状態が続かない限り、エネルギ源としてぶどう糖だけを利用します。 脳以外にも、赤血球、副腎髄質、精巣および卵巣は、ぶどう糖を唯一のエネルギ源とします。 脳に貯蔵されるグリコーゲン量は脳重量の 0.1% 以下であり、無視できるほど少量です。 したがって、脳は常に血液からぶどう糖の供給を受ける必要があります。 血糖値が正常値の約半分に低下すると、脳は正しく機能できなくなります。 インスリンの過剰投与などによって、血糖値がさらに低下すると昏睡を経て、不可逆的障害が脳に起こり、死に至ります。 絶食あるいは飢餓の状態が続くと、脳のエネルギ源はぶどう糖からケトン体へ切り替わります。 4・2 肝臓 肝臓 (重さ: 1.2-1.4 kg) に流入する血液量は 1.0-1.8 L/分 (心臓からの拍出量の約 25%)であり、その 3/4-4/5 は門脈、そして残りの 1/4-1/5 は肝動脈から流入します。 肝臓は、脳、筋肉などの他の組織へ供給する栄養素 (ぶどう糖を含む) の血中濃度を適正に調節します、すなわち、一種の物流センターとして機能します。 消化管中で消化酵素によって分解された食物由来の栄養素は、小腸内壁を被って存在する小腸内皮細胞に吸収されます。 小腸内皮細胞中で、脂肪酸はグリセロールあるいは燐グリセロールと再結合し、トリアシルグリセロール (中性脂肪) あるいは燐脂質を生成します。 吸収された栄養素の中で、ステロイド、脂溶性ビタミンなどの水不溶性物質は、小腸内皮細胞中で生じた中性脂肪および燐脂質と共に、リンパ液 (リンパ) 中へ放出されます。 リンパ液は、リンパ管を通って、左鎖骨下静脈に合流し、全身を循環します。 吸収された栄養素の中で、ぶどう糖、果糖などの単糖、アミノ酸、水溶性ビタミンなどの水溶性物質は、静脈の一種である門脈を通って、直接、肝臓へ送られます。 図 小腸で吸収した栄養素を肝臓へ送る門脈の分布 肝臓は生命維持に不可欠な重要な機能を数多く遂行します。 肝臓の主な機能の一つは血糖値を 90 mg/100 mL 程度に保ち、その変動を防ぐことです。 血中の血糖値調節ホルモン (グルカゴン、アドレナリン、インスリンなど) の濃度の変化に応じて、血中のぶどう糖を肝臓内へ取り込んだり、肝臓外へ放出したりします。 ただし、筋肉細胞や脂肪組織細胞と異なり、肝細胞はぶどう糖を細胞膜を越えて自由に透過させるので、インスリンは肝細胞のぶどう糖の取り込みに直接には影響しません。 食事によって糖質を摂取し、血糖値が 110 mg/100 mL 程度に上昇すると、肝臓はぶどう糖を取り込んで、ぶどう糖 6-燐酸 (G6P)へ変えます (代謝します)。 ぶどう糖の G6P への変換速度はほぼ血糖値の高低に比例します。 G6P は解糖とピルビン酸デヒドロゲナーゼ (ピルビン酸脱水素酵素) によってアセチル CoA へ変えられます。 生じたアセチル CoA は脂肪酸、燐脂質、コレステロールなどの合成に使用されます。 コレステロールは胆汁酸へ代謝され、消化管中で、食物中の脂肪の消化と吸収に乳化剤として作用します。 G6P は特殊な代謝経路 (ペントース燐酸経路) によって分解され、その際、NADPH2 が生成されます。 生じた NADPH2 は脂肪酸や蛋白質などの多種の物質の合成に使用されます。 肝臓や筋肉のグリコーゲン貯蔵量が満杯でないとき、G6P は主としてグリコーゲン合成へ使用されます。 身体のぶどう糖の要求度が低く、肝臓や筋肉のグリコーゲン貯蔵量が満杯であるとき、ぶどう糖は脂肪酸合成およびコレステロール合成へ利用されます。 生じたトリアシルグリセロールおよびはコレステロールエステルは VLDL (超低密度リポ蛋白質) の合成へ使用されます。 肝臓で合成された VLDL は血中へ分泌されます。 分泌された VLDL は、トリアシルグリセロールおよびコレステロールエステルを末梢組織へ効率よく分配する役割を持ちます。 脂肪組織へ取り込まれた脂肪酸はグリセロールと結合し、トリアシルグリセロール (脂肪) として貯蔵されます。 一晩絶食すると、通常、血糖値は 70 mg/100 mL 程度に低下します (身体のぶどう糖要求度が高くなります)。 この状態では、グルカゴンおよびアドレナリンの血中濃度が上昇し、その上昇がシグナルとなって、肝臓中で、グリコーゲン分解が起こり、生じたぶどう糖は血中へ放出されます。 さらに、肝臓は、筋肉におけるぶどう糖の嫌気的代謝 (解糖と乳酸発酵) によって生じた乳酸を取り込み、糖新生によって、乳酸を基質としてぶどう糖を合成し、血中へ放出します、 身体のエネルギ要求度が非常に高いとき、肝臓は次の二通りの代謝を行います。 肝臓のグリコーゲン貯蔵量は多くなく、通常、食後約 6 時間以後の身体のぶどう糖需要を賄うことはできません。 人を含む動物には、アセチル CoA をオキサロ酢酸へ変える経路がないので、脂肪をぶどう糖へ変えることはできません。 そこで、食後約 6 時間以後に必要なぶどう糖は筋肉蛋白質の分解によって生じるアミノ酸からの糖新生で賄われます。 絶食が数日間続くと、肝臓の代謝様式が変化します。 すなわち、脂肪酸から生じたアセチル CoA がケトン体へ代謝されるようになります。 生じたケトン体は、ぶどう糖の代替えエネルギとして、脳などの組織へ輸出されます。 ちなみに、食事由来の脂肪を脂肪組織の脂肪にするために必要なエネルギは、食事由来の澱粉を脂肪組織の脂肪にするために必要なエネルギの約 1/8 です。 したがって、食事由来の澱粉に比して、食事由来の脂肪は遙かに容易に貯蔵脂肪へ変えられます。 4・3 筋肉 4・3・1 筋肉グリコーゲン 全身の骨格筋の重量は、普通の体形の人では、体重の約 1/2 です。 筋肉の主なエネルギ源はぶどう糖、脂肪酸、ケトン体です。 食後、筋肉は、最大、重量の 1-2% に達するグリコーゲンを貯蔵できます。 体重 70 kg の普通の体形の人では、骨格筋の重量は約 35 kg ですので、グリコーゲンの最大貯蔵量は 350-700 g であり、エネルギ換算値は 1470-2930 kcal です。 ただし、筋肉のグリコーゲン貯蔵量を 約 600 kcal としている論文もあります。 筋肉がエネルギを必要とするとき、グリコーゲンは G6P へ迅速に変えられ、生じた G6P は解糖系に入るので、非常に使いやすい貯蔵エネルギです。 肝臓の場合と異なり、筋肉には G6P をぶどう糖へ変える酵素 (ぶどう糖 6-ホスファターゼ) が存在しないので、筋肉グリコーゲンはぶどう糖を血液中へ放出できません。 絶食あるいは飢餓の状態では、筋肉蛋白質はアミノ酸へ分解されます。 生じたアミノ酸の中には、ピルビン酸へ代謝される種類があります。 生じたピルビン酸は肝臓へ輸送され、そこで、ぶどう糖の合成 (糖新生) に使用されます。 筋肉には、糖新生経路が存在しないので、グルカゴンやインスリンは作用しません。 けれども、筋肉中のグリコーゲンの分解と合成はアドレナリンによって調節されます。 アドレナリンは、cAMP (サイクリック AMP) を介して、筋肉中のグリコーゲンの分解と解糖を促進し、筋肉に逃走あるいは闘争の準備をさせます。 筋収縮は ATP の加水分解によって起こります。 4・3・2 筋収縮 休息時、筋肉は、身体全体の酸素消費量の約 30% を使います。 筋肉の酸素消費量は、重労働中は、休息時の 25 倍にも増大し、ATP の加水分解速度はさらに増加します。 このとき、グリコーゲンの分解によって生じる G6P が解糖によってピルビン酸へ分解され、ATP を生成します。 ミトコンドリアはくえん酸サイクルおよび酸化的燐酸化を行います。 くえん酸サイクルと酸化的燐酸化は、物質を O2 によって CO2とH2O へ酸化し、多量の ATP を生成します。 くえん酸サイクルおよび酸化的燐酸化は細胞呼吸とも呼ばれます。 肝細胞や脳細胞に比して、筋肉細胞は極めて少数のミトコンドリアしか持っていません。 赤筋細胞には少数のミトコンドリアが存在しますが、白筋細胞には全く存在しません。 逆に、筋肉細胞の解糖経路は多量の酵素によって構成されているので、解糖は非常に速く進行できます。 したがって、運動が激しいほど、解糖によって生じるピルビン酸の量は増加します。 生じたピルビン酸の大部分はくえん酸サイクルおよび酸化的燐酸化に入ることができず、乳酸発酵によって乳酸へ代謝されます。 生じた乳酸は肝臓へ輸送され、そこで糖新生によってぶどう糖へ変えられ、再び筋肉へ輸送されます。 解糖によって生じる ATP は、酸化的燐酸化に比して、量的に少ないのですが、細胞質ソルに存在するので、ミトコンドリア中で酸化的燐酸化によって生じる ATP より、筋収縮には利用しやすいものです。 乳酸は筋肉を酸性にするので、筋肉の疲労感が生まれます。 乳酸の蓄積が疲労の原因ではなく、乳酸の蓄積によって生じる酸性が疲労の原因です。 4・4 心臓 心臓は一種の筋肉組織ですが、骨格筋と異なり、心臓細胞は多数のミトコンドリアを持ち、細胞呼吸 (くえん酸サイクルと酸化的燐酸化)によってエネルギを獲得します。 心臓細胞は脂肪酸、ケトン体、ぶどう糖、ピルビン酸、乳酸などを代謝でき、連続的な鼓動を行います。 心臓のグリコーゲン貯蔵量は非常に微量です。 心臓細胞は、安静な状態では、脂肪酸を主なエネルギ源としますが、運動量が増えると、微量のグリコーゲンに由来するぶどう糖の使用量が増加します。 4・5 脂肪組織 脂肪組織は脂肪細胞の集団であり、体内に広く分布します。 脂肪組織は、特に、皮下、腹腔、骨格筋、血管の周囲、乳腺に多く存在します。 体重 70 kg の健常な男性成人は、平均、約 15 kg の脂肪を持っています。 約 15 kg の脂肪は約 141,000 kcal に相当し、基礎代謝エネルギを 1500 kcal/日として計算すると、 94 日分のエネルギです。 血糖値やインスリン濃度が高いとき、脂肪細胞のぶどう糖の取り込み量は増加します。 脂肪組織は、食事由来および肝臓由来の脂肪酸と、グリセロールを基質にしてトリアシルグリセロール (脂肪) を合成し、貯蔵します。 血中のグルカゴン、アドレナリン、インスリンの濃度に対応して、脂肪細胞中の貯蔵脂肪は、ホルモン感受性リパーゼ (脂肪分解酵素) によって、脂肪酸とグリセロールへ分解されます。 |